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〔 青い山脈 〕、〔 光る海 〕、そして〔 あいつと私 〕等々、石坂文学の代表的作品はほとんど読んだ。
内なる心は男女交際なるものに憧れながらも、それを実行する勇気のなかったこの俺は、それぞれの物語の中で展開する、当時としてはかなり大胆なストーリーを読んで、何か解放された気分にひたっていたものだ。
石坂先生の筆から生み出される登場人物たちは、最終的に、誰一人として悪い奴はいないように思える。
どの物語も、個性あふれる愛すべき人々によってストーリーが展開されていく。
異性に対する興味を求めて読み始めた石坂青春文学ではあったが、誰に対しても広い心を持つことの大切さを、あの当時、多少なりとも感じとっていた様に思うのだ。
ところで、石坂文学の事を大胆なストーリーなどと書いたが、それにしても、最近よく耳にする援助交際であるとか、セックスフレンドであるとか言った様な単語はどこにも見受けられない。
近ごろ、これらの単語の持つ意味と、その行為について理解しようと努めるのだが、俺ごときの脳ミソでは、まだまだ理解に苦しんでいる。
広い心を持って、何事も受け入れていく事を石坂文学から学んでいたはずの俺ではあったが、今だに修行が足りないのであろう。
石坂青春文学の中で、俺の気に入っているのが、〔 山と川のある街 〕である。
細かな内容については忘れてしまったが、物語の大体のところは今でも憶えている。
舞台は東北地方の小さな街であった。 主人公は、来春に高校卒業を向かえる文学少女で、街いちばんの地主の家の一人娘であったと思う。
主人公には同い年の好きな男がいるが、主人公の家の小作のひとり息子である。
戦後の、古い因習の残る地域の中にあって、二人の結びつきにもままならぬものがある。
また主人公自身は、来春高校を卒業したら東京に出て、大学で好きな文学を学んでみたい憧れの気持ちもあるが、古い考えの父親からは東京などもってのほかと反対されている。
そういった内容の話であった。 永く続いてきた古いかたくなな考えと、それとは違う新しい生き方を求める主人公の姿。
動くことのない山と、街の中を流れ続ける川。 東北の小さな街を舞台に、戦後の新しい生き方を模索するこの〔
山と川のある街 〕は、石坂青春文学の中でも、俺の好きな物語のひとつなのだ。
俺の住んでる米子の街は、まさに山と川のある街である。 美しく雄大な伯耆富士・大山と、米子市内を北上して日本海に流れる一級河川・日野川を見ることが出来る。
大山については言うまでもないが、米子の街の中を流れる日野川は、古来よりこの地域に住む人々に対して大切な水資源を提供してきたのだ。
米子の街の主要な穀倉地帯である箕蚊屋平野( みのかやへいや )に平行して流れ、ニホンバレやヤマヒカリと言ったおいしいお米の収穫をもたらしてくれる。
最近の日野川は河川域の整備も進んで、その広く美しく流れる姿は、米子の街に住む俺たちにとって、大山と共にかけがえのない素晴らしい財産なのである。
このように、美しい山と川のある街、これこそが俺の住んでる米子の街の大きな特徴のひとつなのだ。
俺の誇りとするところなのだ。
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