今年の夏も終わった。お盆休みはご先祖様のお墓参りをして3日間を過ごしたが、もうその頃から秋風の気配を感じていた。40歳を過ぎて最近分かった事だが、夏は本当に短いのだ。なんとか庁より梅雨明け宣言なるものが発表されたのが7月24日。8月の半ば頃には秋風の気配であるから、要するに、夏の季節は一と月も無かったことになる。何ヶ月も前から夏が来るのを楽しみにしていた若者たち、残念ながら、本当に夏は短いのだ。
そうして夏が終わり、こよみで9月に入った頃になると、6月上旬頃の梅雨入り宣言以来数ヶ月ぶりに、ヒデちゃんから元気のいい電話が入ってきた。毎年の事だが、夏が終るのを楽しみにしていた俺たちは、今度の日曜日の朝、ナショナルマイクロモータの正門前に集合することにした。ただし当日雨が降ったりしたら、ヒデちゃんは好きなシャンパンを、俺は白と赤を一本ずつ持って、ガレージの中で、チーズをつまみながら酔いしれるのだ。
9月初旬の日曜日、少し早い秋晴れの朝だった。始業点検はいたって簡単、水とオイルとタイヤの空気圧を確認する。梅雨入り宣言以来全く走っていないが、この数ヶ月、ガレージの中で一人しこしこと点検だけは楽しんでいたのだ。バッテリーをつなぎ、アクセルを3度踏み込んで、スターターキーをひねる。乾いたエキゾーストノイズと共に、ロータスツインカムは一発で目覚めた。水温計が70℃近くに達するまで、冬でもないのに暖機運転をする。油圧計の針を見たりしながらスタートを待つ気分は、まさにジム・クラークのそれである。このとき俺は、ひとり自己満足の世界にひたっているのである。
数ヶ月ぶりのステアリングの感触を味わいながら、ナショナルマイクロモータ正門前までゆっくりと走った。ヒデちゃんは何も言わないが、彼がここを集合場所に選ぶ理由を俺は知っている。お互いの棲み家が近いとか、人通りが少なくておとなしい二人には都合の良い場所だ、とかの理由を考えた時期もあった。そうではなかった。そんなありきたりの理由ではなかったのだ。その事を知った3年前から、俺はますますヒデちゃんの事を尊敬するようになった。ただただブリティッシュでありたい、その気持ちが良く解ったのだ。思い出して欲しい。 60年代の英国、赤れんがの壁の横にはオープンスポーツカーがお似合いであった。この時代の車をこよなく愛する俺たちにとって、ヒデちゃんは最高の集合場所を選んでくれていたのだった。
赤れんがの正門をバックにした2台のオープンスポーツは、ヒデちゃんの思い通り、見事に決まっていた。俺たち二人が勝手にそう信じているのだ。ところで、赤れんがの壁に米子市議会議員の看板が取りつけてあった。せっかくの雰囲気が少々まずくなったが、講義するほどの事ではない。いかなる諸団体も、この極東の島国においては、政治家との関わりを大切にしなければならない。 民間の企業であるならば誠に当然の事である。俺たちが勝手に、この正門前を集合場所に選んだのだ。文句を言うのはスジ違いである。40代の大人である俺たち二人は、つまらぬ事を考えて無駄な時間を浪費したりはしない。集合場所に赤れんがの壁を提供してくれた企業と、その企業と共に歩む市会議員に敬意を表しながら、俺たちはいつもの通り、山陰の秀峰大山を目ざしてスタートするのだ。 |